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有馬観光案内「ぶらり有馬」
古泉閣から歩いて有馬を散策してみませんか?
古泉閣泉源
→散策ルート地図はこちら
 
六甲山系北斜面に時が、止まったようなたたずまいを見せる有馬。
そこは、はるか悠久の昔、大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)により発見されたとされる由緒ある温泉地です。 その歴史ゆえに、栄枯盛衰を繰り返してきたこの地は、現在では、草津、下呂と並び「日本三名泉」の一つとして多くの観光客に愛されています。
有馬切手文化博物館
真珠貝の書留カード便や、世界で最初に発行された切手を初日使用した封筒なども展示しております。

→有馬切手文化博物館ホームページ

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古泉閣玄関をでるとすぐ目の前に「有馬切手博物館」への道しるべがあります。
郵便創業時から現代までの切手を網羅した、日本初、本格的な切手の常設博物館です。
 
     
2 有馬切手博物館から古泉閣に戻ると、脇にポッカリと口をあけた不思議なトンネルがあります。 有馬の歴史を訪ねる入り口です。
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有馬は、六甲山の斜面に存在します。少し急な斜面を降りるとそこに、この地の中心を流れる「有馬川」が現れます。
室町時代終盤、幾度かの災害に遭った有馬の地。その様は、壊滅状態だった言われています。
その後、この地に手を加える人も無く荒廃しきった有馬を豊臣秀吉は、天下統一と時を同じくして湯治場とし、その再興に力を注ぎました。
しかし、文禄五年(慶長元年)閏七月十三日(1596年9月5日)未明、主として畿内(すなわち山城、大和、摂津、河内、和泉)に甚大な被害をもたらす地震により、豊臣秀吉のいた京都伏見城天守閣は大破したが、秀吉は早速修復に取り掛かりわずか一年余りで立派に復旧されました。
1995年1月17日早朝、神戸を襲った阪神淡路大震災以降も、その湯質は変わらず多くの観光客に愛され続けています。
4 有馬の地の中心に位置する「古泉閣泉源」。
約60℃の含鉄・ナトリウム・塩化物強塩高温泉をくみ上げ、ホテル専用の湯として利用しています。
5 街の中心をぬけるとそこに、どこか懐かしい街並みが突如現れます。その入り口には、有馬の外湯「金の湯」が温泉情緒を醸し出しています。
含鉄ナトリウム塩化物強塩泉の金泉は、良質な湯で観光客の心まで温めてくれます。
また、入り口横の飲泉場では、
純弱食塩泉の銀泉を飲むことが出来ます。

→金の湯ホームページ
6 温泉寺、薬師寺へ通じる参道。
神々しいばかりに光が差し込み、
参拝者を受け入れてくれます
7 温泉寺。その歴史は、奈良時代の僧侶、行基によって開かれたところへ遡ります。
天正4年(1576年)焼失しこれを再建したのが、秀吉とねねです。
<鬼瓦>
温泉寺の大屋根に歴史の証言者として君臨してきた鬼瓦。
今はその役目を終え、静かに横たわっています。
8 温泉寺を過ぎ、街の息づかいを感じながら歩いてゆくとそこに極楽泉源があります。
この泉源は、太閤秀吉が造らせたといわれるもので、「願いの湯」と呼ばれていました。
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道すがら歩いていると、「銀の湯」に出会います。炭酸泉・ラジウム泉の無色透明の湯は、銀泉と呼ばれ、「金の湯」と並んで有馬の外湯として観光客をもてなしています。

→銀の湯ホームページ
10 炭酸泉源はその名が示す通り、炭酸が豊富に溶け込んだ冷泉です。極楽泉源から左手の坂道、通称タンサン坂を上っていくと、炭酸泉源公園にたどり着きます。今もこんこんと冷たい炭酸水が湧き出ており、良質の水を飲用することが出来ます。その味は、炭酸独特の味がし、有馬銘菓の「炭酸せんべい」のルーツともなっています。
→散策ルート地図はこちら
 
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